COVID-19(新型コロナウイルス感染症)によって仕事も生活も激変したが、この荒波を変革機会として、より良い未来を創れないだろうか?
スペンサースチュアートでは2020年5月に日本の人事リーダーにアンケートおよび電話インタビューを行い、36人の方々にご協力いただいた。振り返れば、あのときがCOVID-19維新だったな、と言えるようになることを願い、危機において奮闘しているリーダーたちの所感や変革への意思を紹介したい。
危機を契機に見直したい・変えたいこと
新型コロナウイルス対応を契機として、従来のやり方・あり方を見直したい、変えたいと思う質問への回答を複数選択していただいた結果は次の通りである。
人材育成
今回、多くの会社では4月1日に新卒社員の一斉入社を迎え、オンラインでの研修を続けているところもある。新人研修だけでなく、管理職研修なども、オンラインであってもライブ感のある研修もできることがわかってきた。今後求められるリーダー像が変化していくであろうと考えられる中で、人材育成を変革の重要項目としてあげた人事リーダーが過半数をしめた。
リーダーコメント:
「これまでは売上至上主義で、昇格や登用もそれに基づいていた。今後は、ビジネス上のパフォーマンスだけではなく、人材育成を評価の軸に加える計画であり、『育てる』文化を醸成して行きたい。」
「当面は人と接する、会議室等のスペースに集合することに対して不安を持つ社員が多くなるので、リモートワークを交えた働き方のベストミックスを探るとともに、集合研修の在り方も見直したい。」
「個々の社員が企業内における個人事業主の如く責任を全うすることができる完全自律型の人材育成が必要。」
社員エンゲージメント
これまでの日本的な組織・企業の文化は、「以心伝心」「先輩の背中を見て覚えろ」「言わなくてもわかるだろう」といったHigh Context文化であり、終身雇用を前提とした同質社会において社員をとらえてきた。従来の大部屋で机を並べている環境では、ちょっと上司や同僚のデスクまで行って確認できていたようなことも、在宅勤務・リモートワークが前提の環境においては、バーチャルに文字や画面・受話器を通して文字情報・音声情報のみでの確認が必要となった。Low Context前提でのコミュニケーションが重要となり、阿吽の呼吸では仕事が回らなくなっている中で、マネジャーのコミュニケーション力、特に聞く力、承認する力が、社員エンゲージメントにおいてとりわけ求められている。また、オフィスというのは何をする場所なのか、という根本的な問いが生じ、アフターCOVID-19のオフィスのあり方・機能の定義が変わってくるだろうという声も複数みられた。人材育成や合意形成のあり方を再定義する必要がある、オフィスをイノベーションを生む場やチームワークを育む場と位置付けることになる、サテライトオフィスという形態も広がる、といった意見があがった。
リーダーコメント:
「リモートを含めより多様な働き方と先が予測しずらい状況の中で、従業員を今まで以上一層エンパワーしていく必要があるため、DXで既に進んでいる従業員のエンゲージメントを重視した施策を更に推進していく必要があると考える。一方で、性善説に立ちながらもリモート化でのパフォーマンスやリスクマネジメントといった側面も強化していく必要がある。」
「オンラインとオフラインでのエンゲージメントについてそれぞれプラス面とマイナス面があるとおもうので、そういったことの会社全体の理解を深めたい。」
採用方針・プロセス
今回、早いところでは2月・3月から在宅勤務に切り替えた会社もあり、4月6日に緊急事態宣言が発動されてからは、都市部の多くの企業では在宅勤務前提となった。採用インタビューも基本はビデオインタビューで行うケースが多く、ビデオインタビューの良い面と課題が見えてきた。
良い面としては、「余計なバイアスを取り除ける(風格が堂々としていて見た目が強そう、など)」「画面上の表情と語られる言葉に集中できる」「自分の表情も画面に映るので、より自身の見え方も意識しながらインタビューできる」などが挙げられた。一方で、「非言語的なコミュニケーションが取りづらい・取れないので、対面に比べて情報量が限定される」「対面よりも集中し続けているためか、同じ時間に対して疲労度が増す」という点があげられた。また、インタビュー後の対応についての言及もあった。ビデオインタビューを複数回行っても、直接面談したことがない状況でオファーを出すこと(企業側)、オファーを受けること(候補者側)、については双方に不安材料が残る。その状況を緩和するために頻繁な連絡や不安に思っていることを相談できるインタビューとは違う形でのインフォメーションセッションなどの工夫が必要となってくる。
「オンライン面接でも迅速かつ正確に候補者を評価できる採用方針の策定とプロセス改革」が急務であるという意見もあり、アフターCOVID-19に向けた改革機運が見られる。
企業文化
売上至上主義の文化から人を育てる文化に変えたい、個の自立を促す企業文化を醸成したい、など、企業文化を変えるチャンスにしたいという意見も複数みられた。
日本には製造業の会社も多く、また法制度も労働時間管理を前提としたものとなっている。そのため、アウトプット重視の考え方で、個の自立を促すということが文化として根付いていないケースも多い。
リーダーコメント:
「今後最も重要だと感じた点は、企業文化の変革。これを機会に、変化に柔軟に対応できるマインドを持つ企業文化に変えていきたい。」
「従来のやり方が是、という暗黙の意識を変える契機とすべき。」
「個々の価値観を尊重し多様性を受容する中においても企業理念・ミッションを反映した全社員が共有可能な独自カルチャーを構築したい。」
評価制度
個人の自律的かつ多様な働き方を支援し、評価できる制度にしていく必要性についても下記のような意見が上がった。
リーダーコメント:
「多様な働き方および個人の成果を正しく評価できる制度の構築、そのために個々人の役割(業務分担)・責任の明確化、目標設定方法の見直しが必要。」
「ジョブ型雇用に切り替え、労働時間の長さではなく、仕事の成果を把握し評価する仕組みに変更する。また、勤務場所や時間にとらわれない働き方に変更することで、生産性向上やダイバーシティ促進につなげる。」
「今回コロナ感染防止のために、リモートワークが基本となったが、平時になってもリモートワークが50%以上になる働き方にしていくことを考えている。その場合の会議の在り方、評価の在り方、社員モチベーション維持、研修の在り方など、これを機に見直していく必要性を感じている。」
「職能やプロセスを排した職務責任&レベルおよび成果にフォーカスした報酬制度の構築とそれらを効率的に実現するためのチーム編成の見直しが必要。」
その他
組織のあり方について、あるGlobal CHROは、コンピューターシステムが中央管理のメインフレームから分散型にシフトしてきたように、組織のあり方も中央集権型から分散型、ひいては個人の自立をベースとするものに変わっていく、と語った。管理レイヤーの多い会社においては、組織階層の見直しをする機会にもなるであろう。ある外資系企業の人事リーダーによれば、もともと階層がグローバルにCEOマイナス5レイヤーまでにフラット化されていたとのことで、今回の危機によらずとも組織のフラット化を進めてきたところもある。
また、部下をコーチングするという役割において、ある程度の組織階層は必要であるとの意見もあった。ただし、アフターCOVID-19においては、上司により一層高いコミュニケーション力が求められることになる。
業界によっても取り組みの重点領域が異なることも指摘された。たとえば、リテール業界においては社員の80%がリモートワーク不可のリソースであり、一律のリモートワーク推進は現実的でない、また危機対応中の業務やアウトプットの質や量は通常とは比較にならないほど簡易になっていて、危機後の働き方の完成形には程遠いという指摘があった。一方で、本部機能においては冗長なポジションが浮き彫りになり、リソース入れ替えによるアップグレードのチャンスも見えたとのことである。
BCP(Business Continuity Planning)
外資系企業のリーダーからは、COVID-19に対する初動から、BCP対応、プレイブック、プロトコル、について非常に早くから展開徹底があったという声が寄せられた。
また、従来のBCPが災害等を想定していたため、今回の危機対応においては想定外かつウイルスの特性と対応策についての見解も見えない中で対処しなければならず、Business Continuity Planningを飛び越えてBusiness Continuity Executionとなった。事態が落ち着いた時点で、改めてBCPを見直す必要があるという意見があった。
必要となるもの
次に上記の見直したい・変えたいことを実現するために必要となるものについて複数選択いただいた結果は次の通りとなった。
トップマネジメントの理解・協力
8割近くがトップマネジメントの理解・協力が必要と回答しており、後述の「今後のリーダーシップ像」と合わせて、トップマネジメント自身が抵抗勢力とならずに改革を主導・スポンサーすることの重要性が強調された。また、トップマネジメントの下の階層のマネジャー陣の能力強化・意識改革の必要性も指摘された。
リーダーコメント:
「トップマネジメントは人材育成にコミットしているが、部長層が意識を同じくしていない。この部長層の教育と意識改革、そのための制度や仕掛け作りが当面の課題。」
投資
投資の必要性についても過半数が重要と回答した。テクノロジーを活用するためのIT投資のみならず、オフィスレイアウトやスペース、場所などについての抜本的な見直しの必要性についても意見が上げられた。今回を契機として、アドミニストレーション職のJDを見直し、AIの導入検討を進めているという話もあった。
リーダーコメント:
「この数か月の間にリモートワークが一般化して、元には戻らないと考えている。採用も、研修も、飲み会もリモートでできることに気が付いてしまった。今後、オフィスの考え方、勤務地の考え方も変わって来るであろう。」
「リモートワークを支障なくできるITおよびセキュリティ投資、上司・メンバーの目がなくてもリモートで個人が自律して業務に集中し成果を出すためのITリテラシーとマインドセットの醸成(教育)、時間ではなく成果をベースとした労働法の変更(裁量労働制の拡大)、IT&セキュリティ整備・各種制度変更に伴う投資に対するトップ・本社の理解と承認が必要。」
「リモートと対面をうまく組み合わせていく必要があり、会議、業務プロセス、研修、採用など、やり方を変えていく必要がある。その前提として、ITインフラの投資、設備の投資などが必要になると思う。」
法制度の変更
労働法などの法制度そのものが変わる必要があるという指摘も複数あった。
リーダーコメント:
「今後を見据えて、テレワークを前提とした勤務体系vs. 時間管理前提の労働法制・厚労省指針、の構図の中で、いかに弊社人事制度(職務給、成果主義)と日本の現行労働法との間の整合なりをどのように見出していくか、などへの関心を高めているところ。」
「人事で出社が必要なのは、ハンコと役所関係の郵便物のチェックの為。以前、労基署が慎重だった派遣社員のテレワークもあっさり認められるようになったのに、ホワイトカラーエクゼンプションが進まないのは全くもっておかしい。オフィスもどんどん減ると思われ、地方で働くことも可能になる中で、事業所中心の現在の労働法は見直さないのだろうか。働き方の前提が変わるのに、労働法も一緒に変わって行かないと、いつまでも日本の働き方の効率化が進まない。役所のIT化もどんどん進めて欲しい。役人の方が今のやり方に疑問を持たないと、喉元過ぎるとまたもとに戻ってしまうのも心配。」
「国の法制度が古いので、ハンコのためだけに出勤しなければいけなという事象が起こる。企業内でできることはしていくが、ペーパーレス、リモートワーク推進、生産性向上のためにも、必要な法律は国として変えていくことが急務であると思う。」
「時間外労働に関する労働法規改正は不可欠。結果として時間外労働が減少することによるコスト削減分を、IT投資やテレワーク準備のための費用に充当する。」
人材の補強
アフターCOVID-19のリーダーは、明確かつ意識的にメッセージを発する必要があり、より高いコミュニケーション能力が問われる。コミュニケーションにおいては、テクノロジーの活用も不可欠となる。社内にそうしたリーダーが不足している場合には外から補強する必要があり、その際に求める要件には明示的なコミュニケーションができること、テクノロジーを使いこなせること、が大きな要素となる。
また、「タバコ部屋コミュニケーション(重要な情報共有や意思決定が会議室ではなくタバコ部屋やゴルフ場で行われる)」に象徴される非明示的・High Contextなコミュニケーションが行いにくくなった。新しくその組織に入った人にとっても同等の情報伝達が行われるLow Contextなコミュニケーションが増えることにより、外部人材のオンボーディングやダイバーシティの推進が円滑となることが期待できる。
リーダーコメント:
「ICTインフラの脆弱性は、今回のコロナ禍で露呈されたため必要最低限条件として強化する必要がある。コロナは従業員やビジネスリーダーのマインドチェンジを促す絶好のチャンスだが、個人の今までのデジタル経験や適応力により、個人差が大きく、変化のモメンタムを維持するためのマネジメントへの働きかけや人材の補強が必要だと思われる。」
アフターCOVID-19のリーダーとは・・・伝統的ホウレンソウ型リーダーシップはもういらない?
これまで、組織人の基本動作はホウレンソウ(報告・連絡・相談)であるとされ、伝統的なリーダーはホウレンソウのハブとなり、ホウレンソウで組織運営してきた。
ビフォーアフターでは下の表のように変化し、会議や飲みニケーションなど時間と空間を共有する形態から、目的志向でのバーチャルなスタイルに主役が交代するため、伝統的ホウレンソウ型リーダーは自らの変化を起こせずに取り残される可能性がある。
今回の危機において、「部長・課長ができます」というマネジャー職が、転送機能をもったメールボックスでしかないことを露呈するケースも見られ、マネジャーとしてのコミュニケーション能力の高低が明らかとなった。
また、危機に直面して「自らアクションを起こせるリーダー」と「意見を言うだけのリーダー」とが鮮明に浮き彫りになった、という見方もあった。
ホウレンソウの手法の主流が対面からバーチャルに変わり、コミュニケーションの大部分を占めていたノンバーバルなコミュニケーションによるマネジメントが行いにくくなった。リーダーは、これまで以上に明示的に・こまめに頻繁に・テクノロジーを活用した上で、付加価値のあるホウレンソウを自らやってみせることが求められる。そして、コミュニケーションにおいて共感力がより重要となる中で、女性を含めたダイバーシティリーダーが、高い共感力や多様な視点といった強みを活かせるという見方もあった。
リーダーコメント:
「オフィスに集まらなくても多くの職種で、仕事ができることがはっきりした。また、先入観やこれまでのやり方に捕らわれず、スピード感を持って手を打っていくことが大事、ということが従来以上にはっきりしたため、今後はそのような動きが取れるリーダー、会社でなければならないと思う。」
「バラエティに富んだ社員がリモートで働くようなチームをリードし、まとめあげられる高度なリーダー像の定義が必要。」
「今後の現場のリーダーには、リモートで社員をリードしエンゲージメントも高められるマネジメント力が今以上に求められると思う。」
その他にも、「会社を超えて、他社のベストプラクティスから学びたい、ベンチマークしたい」、「CHANGE AGENT としてのHR、といったことが言われて久しいが、社会の根底から変わっていく状況に急に追い込まれる中では、組織におけるHRのスタンス・見識、リーダーシップが非常に重要視されてくる。その際、最も問われるのがHR自身の視座・信念。」といった観点の意見が寄せられた。
まとめ
今回の調査・ヒアリングを通じて共通して感じたことは、リーダーたちがこれまでの慣習・法制度・企業文化などによって矛盾を感じながらもなかなか見直し・変革に至らなかった本質的な物事を、COVID-19という外圧によってゼロリセットもしくは変えていくチャンスと前向きにとらえている、ということであった。
今回の調査・ヒアリングに協力してくださったリーダーたちの知恵やこれからの取り組みが、会社を超えて共有され、社会全体の底上げになればと願っている。